◆ 聖乙女とセーピア ◆
作:緋凪鳩羽

―――芸術と文化の都、グレイル。
 聖乙女を迎えたこの国では、いまや毎日がお祭り騒ぎのようなものだ。
 はじめに王宮で催された式典と、その後数日の本当のお祭りはとっくに終わっているが、それでも人々のどこか浮き足立ったような感覚はずっと続いていた。
 何しろ、聖乙女たちは好奇心旺盛で、日毎個性的に装い、町の中を歩き回るのだから。
 そんな、ある日のことだった。

「セーピア」
「姫様。どうかなさいましたか?」
「ええ、ちょっと話があるの」
「話………ですか」
 手招きされるままに手近な部屋に連れ込まれれば、「実はね」と顔を寄せたプリステラが囁く。
「わたくしのところにも、聖乙女様たちはお話をしに来てくれるのだけれど、あのね………」
「どうなさったのですか?」
 少し言葉に迷うように黙ったプリステラ。
 大人しく小首をかしげて次の言葉を待つセーピアは、次の言葉に硬直した。
「最近、あなたの花嫁姿………じゃないわね、花嫁姿から華麗に変身した後の、騎士姿の聖乙女たちの姿をよく見るの」
「き、騎士姿……?」
「一人や二人じゃなくって、何人も。聖乙女たちは好きなように組み合わせて着ているけれど、あれはあなたの花嫁衣裳によく似ているってデザイナー本人が言うのよ」
「トランスルーセント様がですか………っ」
 それでは間違いない。しかし、また、なぜ。
「わたくしの服と似た服装の方も見かけたけれど……一体、どうしたのかしら」
「私にもわかりません………」
 二人でうーんと考え込んでいると、無造作にドアを開けてひょいと顔を出した乙女がひとり。
「姫、いちご持ってきたけど、食べます?」
「あら、どうしてわたくしのいる場所がわかったの?」
「外に、オイカワさんが」
「まぁ」
「姫行くところにオイカワさんあり。ってことで、食べませんか、いちご」
 ころころ笑いながら、乙女は魔法のようにバスケットを取り出して見せる。
「外でお茶でもしましょう。セーピアも、ね?」
「私も、ですか………」

 日当たりのいい王宮の中庭は丁寧に整えられたロサの風に揺れるさまも美しく、茶色の長い髪を風に晒した聖乙女はお茶を飲んで満足そうに息を吐く。
 その隣で好物の苺を食べているのはプリステラ。乙女の反対側に座ったセーピアは、どこか居心地が悪そうだ。
「そういえば、あなたは知らない?」
「何を?」
「わたくしとセーピアに似た服を着た聖乙女がいるのはどうしてなのか」
「あぁ」
 茶色の髪の乙女はセーピアの顔を覗き込む。
「本当にきれいな氷青の目ね」
「あ、あのっ………」
 反射的に身体を引いたセーピアは、助けを求める目でプリステラを見る。
 乙女はころころと笑いながら身体を起こし、「それはね」と指を振る。
「女神リデル様のおかげなのよ」
「リデル様の?」
「ええ。私たちが、メタモリングで物を作り出すことが出来るのは知っているでしょう?」
 こく、と乙女の両側で頷く頭。
「セーピアの物語を読んだ乙女たちが、こぞってその真似をしたがったし………姫は、元から人気があるから」
「わ、私の物語!?」
「ええ。聖乙女たちの間で大人気」
「ひょっとして、結婚式の…………?」
「セーピアは、賢くて、勇敢で、とても素敵だわ」
 両手を合わせて、どこか夢見るような視線で空を見上げる乙女。
「あんまりにもセーピアが人気だから、リデル様がメタモリングであの花嫁衣裳を再現できるようにしてくださったの」
「さ、再現………」
「姫も、同じような理由ね。姫が好きだから、同じような格好をしたいんだもの」
「わたくしは、そんなにたくさんの人に慕われているのね」
「えぇ。………セーピアも、いちごを召し上がれ?」
 思い出したように籠に山と積まれたいちごを差し出し、乙女は続ける。
「私たちは、それぞれ思い思いの服装をすることを許されているし、着こなし方も自由だわ。……素敵だな、と思う人の服装を、ちょっとくらい真似してみたくなってもおかしくないでしょう?」
 細い指先でいちごを摘み、ひょいと自分の口に投げ込んで、咀嚼する時間分のちょっとした間。
「私たちは、セーピアが素敵だと思ったの。セーピアの花嫁衣裳―――ジェルセミウムの騎士の姿も。だから、リデル様にお願いしたの」
「ルーセントも鼻が高いわね。そんなに乙女様たちに気にいられるなんて」
「トランスルーセント様は、とても素敵なドレスをデザインしたと思うわ。可愛いのに凛々しい、とても素敵なドレスを」
 私も、セイント・ジェムスではジェルセミウムの騎士セット一式を持っているわ、と明るく言われて、セーピアは頭がくらくらする。
「ほ、他の国でもあの格好が流行っているんですか………!?」
「ええ」
 明るく微笑む乙女に、まず何を言おうかと、セーピアは頭の中で必死に考える。考えるが、まとまらない。くらくらする頭を抱えながら、一体どんな物語が乙女たちの間で流行ったのだろうと、そんなことばかりを考えていた。